「このたび」「この度」「この旅」
「このたび」と打ち変換で期待していたのは「この度」だ。
しかし予測変換で現れたのは「この旅」だった。
そこでふと「この旅」に思考を奪われた。というよりかは心を奪われた。
「この旅」は自分の人生の事だと思った。
最近はどうだろう。
気が抜けて流れて日々を過ごしてやいないか。
なんとなくで食べ物を食べていないか。
いつもの通勤経路を使ってやしないか。
ちょっと考えただけでもすぐにいくつか自問があった。
 
きっと、自分に対しての気付きをくれたに違いと後で思う事になったが、
今は自分の近状に思いを巡らせた。
こうなってしまうと早く家に帰りたい気持ちになる。
家が落ち着くからだ。
しかし、普段何気ない事に注意が行く事が出来た事を褒めたい。
自分自身が変わりたいという思いがあるからなのだろう。
意識と意欲はまだ健在している。
まだまだやれるという事なのだろう。
そしてまた歩いて行こう。
道は前には出来やしない。必ず後ろに自分の人生の道が出来る。
たまには振り返ってもいいかもしれない。
どんだけ曲がりくねって蛇の道のようになっていても、
これから作る道が自分が正しいと思えるようになれば、
そこからまたニューゲームだ。
強くてニューゲームは出来やしないでけれど、それでいいんじゃないかと思う。
タイムリープやパワレルワールドに強い関心を抱いていた事もあったが、
今はそれよりも今からの道をどうするかに注力した方が「目に見える」わけでだから健康的だ。
信じた道を作っていこう。
同じ道は誰一人として存在しないわけだから批判なんかばっちこいだ。