解けた靴ひもを結んで
結んだ時は良いが気が付くといつの間にかほどけている。
ほどけているのに気づかずに踏んでしまって汚れてしまう。
汚れるだけではなく、擦り切れてしまったりもする。
ふとした時に見下ろして確認をすればそんな事にはならない。
人間関係も同じだ。
そこにはその状態が常にあるわけではない。
結んでいるものという思い込みはいけない。
いつの間にかほどけてきれてしまうから気付いても遅い。
ふと見返す事ぐらいは出来るはずだ。
物はそのままの完全な状態である事は無くいつか形崩れる。
人の心もまた同じく変わる。
大切だと思える人であるならば、なおさら見返す事が必要だ。
おざなりにしてはいけない。
失ってからその大きさに気付いても、
切れてしまってはもう結ぶことは出来なくなってしまう。
縁が無かったとわりきれてすぐに前に進めるのであれば問題ない。
しかし、それが出来るのであれば心に問題があると客観的には思える。
単なる強がりではないのか。
そして、それで終わりにしても良いのか。
もしその苦い経験があるのであれば、今度は同じ事を繰り返さない為にも
見返す事、時には考えるという事をしよう。
それが思いやり。
時には過去に思いを馳せて反省するのも人間らしく思える。
斯くして、夜空の寒空の下で過去を思うのも千里の道も一歩から。
スポンサードリンク